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- 高等学校新学習指導要領の全面実施(2)
- ~授業づくりのポイント~ 太田 光春(おおた みつひろ) 文部科学省初等中等教育局視学官 平成25年度から高等学校学習指導要領が年次進行で実施され、外国語科(英語)においては、「授業は英語で行うことを基本とする」ことになる。このことが授業の質の向上に資するよう、授業づくりのポイントについて述べる。 1. 親和関係をつくる コミュニケーション能力を育成するためには、教師と生徒の間に親和関係が成立していることが不可欠である。親和関係は、相互信頼と他者に対する敬意を土台にして構築される。親和関係が成立することによって教室から過度の緊張がなくなり、誤りが受け入れられる雰囲気が生まれる。その結果、生徒は言語習得に必要なRisk-takingが安心してできるようになる。 2. 生徒の理解の程度に応じた英語を使う 生徒の英語によるコミュニケーション能力は、意味の交渉をしたり前後関係から意味を推測したりしながら、おおむね理解できる英語にたくさん触れることによって向上する。したがって、教師が授業で使う英語は、生徒の理解の程度に応じたものでなければならない。教師は、表情や反応などから生徒の理解の状況を絶えず把握するよう心掛け、必要に応じて、同じ表現を繰り返したり、話す速度をゆるめたり、簡単な表現に言い換えたりなどして、生徒の理解を確かなものにしなければならない。 3. 情報や考えを伝える言語活動をさせる 生徒の多くは、自分の得た情報や考え、気持ちなどを伝え合う言語活動が好きである。また、このような活動を通して、英語を用いてコミュニケーションを図ることへの自信を深め、その意義を体験的に理解する。したがって、授業では、教科書の内容について伝えたり、意見を述べたり、気持ちを伝えたりする言語活動が頻繁に行われなければならない。学習の過程では、ディクテーションなどコミュニカティブでない言語活動も、もちろん、必要である。しかし、授業を通してコミュニケーション能力の育成を図り、生徒を自律した学習者へと導いていくためには、伝えたい、あるいは、伝える必要のある事柄について、音声や文字を用いて伝え合う言語活動を中心に据える必要がある。 4. 達成可能な言語活動を準備する 生徒の英語に対する学習意欲を高めるためには、授業で取り組む言語活動で生徒が達成感を味わう必要がある。つまり、授業は、生徒が成功体験をする場でなければならない。したがって、教師には、教科書の内容を素材にして適切な言語活動を工夫することが求められる。言語活動については、少し難しいが挑戦する気を起こさせる活動で、しかも、教師の助言や他の生徒の協力によって全員が達成できるものが理想的である。 5. インタラクションを軸にして展開する コミュニケーション能力の育成を目指す授業では、教師が一方的に話すより、インタラクションを軸にして授業を展開する方がうまくいく。生徒の何気ない発話を適宜取り上げて、扱いたい内容や身に付けさせたい能力につなげるようにすると、生徒の授業への参加意識や興味関心を高めることができるばかりでなく、積極的に発言する態度の育成にもつながる。コミュニケーションにおいては、双方が話し手と聞き手の役割を交互に果たすことが重要であることも学ぶ。 6. 音声形式や言語形式への気付きを促す 学習者の表現の正確さや豊かさを高めるためには、音声形式や言語形式に対して意図的に気付きを促す必要がある。授業では、生徒の自尊心を損なわないよう配慮しながら、コミュニケーションに支障のある誤りについてはクラス全体の問題として取り上げ、正しい音声形式、言語形式に気付かせる指導が求められる。生徒の誤りは指導の絶好の機会であり、生徒にとっては学びの機会である。決して叱責してはならない。 7. 教師が話しすぎない 授業時間の大部分は生徒の言語活動に当てられなければならない。学習の主体は生徒だからである。教師が説明しすぎたり話しすぎたりすることによって、生徒が考えたり、判断をしたり、話しあったり、書いたりする機会を奪ってはいけない。 8. ボランティアを募る 発言する生徒を指名することで授業を展開すると、生徒は次第に授業に対して受動的になる。発言したくて手を挙げたのに当てられなかった生徒は、以後手を挙げなくなる可能性がある。当てられた生徒は自分のことを不運に思い、当てられなかった生徒は関心を次の問題に移すかもしれない。結局、当面の問題について考えるのは当てられた生徒だけということにもなりかねない。このような事態を避けるため、できるだけボランティアを募るようにする。すぐに手が挙がらなくても辛抱強く待つ。ボランティアを募りながら授業を進める と、生徒は授業の主役が自分たちであることに気付く。そして、積極的に授業づくりに参加するようになる。限られた授業時間を最大限に活用するためには、教師の質問に対して常に生徒全員が考えるようにする工夫が必要である。 9. 正解が一つしかない質問は極力避ける 正解が一つしかない質問の多くは、知識を問うもの、あるいは、扱うテキストの内容が理解できたかどうかを問うものである。英語の授業で大切なのは本文の内容の理解ではなく、本文から得た情報やそれに対する考え、気持ちなどを、音声や文字を通して伝え合うことである。実際のコミュニケーションに必要なのも、同様に、語彙や文法の知識ではなく、それらを活用してコミュニケーションを図る能力である。授業を語彙や文法に関する知識の習得に焦点化しすぎて、外国語学習はおもしろくない、自分は外国語学習には向いていない、外国語は習得できないと生徒に思わせてはいけない。 授業時間の使い方としては、文脈から切り離した状態での、いわゆる、単語の小テストを数多く実施するよりも、汎用性のある語や表現、文法を、意味のある文脈の中でコミュニケーションの手段として使わせる方が適切であり、効果的である。なぜなら、そうすることで、生徒は、「知らない」という苦い経験をすることから解放されるばかりか、「使える」という実感ができるからである。 10. 動機づけとなるフィードバックをする 生徒が英語によるコミュニケーション能力に自信が持てるようになるまでには時間がかかる。目に見えて上達しないからである。生徒を自律した学習者へと導いていくためには、教師はあらゆる機会をとらえて動機づけをする必要がある。それには誉めることが一番だ。授業中は生徒をできるだけ誉めるようにする。ただし、容易なことに対しては大袈裟に誉めない方がよい。自尊心の高い生徒には逆効果になる可能性がある。 11. 思いの伝わる授業をする 動機づけのためには、教師が英語を好きだと思う気持ちや生徒の学びの可能性を信じる気持ちが伝わる授業を心掛けることが重要である。また、英語学習者としての後ろ姿を見せる授業をすることも大切である。生徒にとって教師は身近なロール・モデルなのである。 12. 妥当性と信頼性のある評価をする 授業で「即興で話す力」を伸ばす指導をしたとしたら、即興で話せるかどうかを評価しなければならない。「文章の要約を書く」指導をしたら、同レベルの文章で要約が書けるかどうかを評価しなければならない。指導と評価を一体化し、妥当性と信頼性のある評価をしなければ、生徒は誤った情報を手がかりにして次の学習に向かうことになる。教師には、筆記で設問に答える形式の評価だけでなく、パフォーマンス評価、まとまりのある文章を書かせる評価、面接による評価など、妥当性と信頼性のある評価方法を用いて生徒のコミュニケーション能力を正確に把握し、それを指導に反映させることが求められる。 (2013年5月掲載)
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- 高等学校新学習指導要領の全面実施(1)
- ~英語を英語で教えることでコミュニケーション能力の向上を~ 向後 秀明(こうご ひであき) 文部科学省教科調査官 平成23年度に小学校、24年度には中学校で新学習指導要領が全面実施され、いよいよ25年度より高等学校において年次進行で実施されます。外国語科では、科目構成が刷新されるのみならず、「授業は英語で行うことを基本とする」ことになります。新学習指導要領の実施に当たり、高等学校の先生方にはどのような心構えが必要なのか、どのような指導をしていけばよいのか、文部科学省初等中等教育局国際教育課外国語教育推進室の向後教科調査官にお話を伺いました。 各技能を統合的に扱い、4技能を総合的に育成 Q. いよいよ今年の春から、高等学校の外国語教育で新学習指導要領が実施されますが、その目標としていることをお教えください。 A. キーワードは、「小中高を通じたコミュニケーション能力の育成」です。この「コミュニケーション能力」という言葉で、3つの異なる学校段階の外国語教育を一つの線で結んでいます。ですから、初等中等教育レベルでの仕上げとなる高等学校では、このコミュニケーション能力を最終的に育成する、というステージになるわけです。 まず、コミュニケーション能力の育成というものの意味合いを、しっかりおさえておかなければなりません。それは、4技能(「聞くこと」「話すこと」「読むこと」及び「書くこと」)を「総合的に育成する」ということです。特定の技能に偏らない指導をするわけで、この4つの技能をもって、コミュニケーション能力が成り立つということです。新しい教育課程では「コミュニケーション英語」とカタカナが入っている科目もありますが、いわゆる“英会話”を学校で学ぶということではありません。4つの技能を総合的に育成するということが、中学校、高等学校を通じた大きな改善の方針です。そして、4技能を総合的に育成するためには、指導に用いられる教材が、生徒の外国語学習に対する関心や意欲を高めるものであり、同時に、外国語で発信しうる内容であることも重要です。 2点目としては、その4つの技能をバラバラに扱うのではなくて、「統合的に扱う」ということです。統合的というのは、2つ以上の技能を絡めて指導するという意味です。つまり、聞いたことについて話すとか、読んだことについて書くといった、受信から発信へとつながる言語活動を行うことが必要です。この統合的な指導を通して、4技能を総合的に育成する指導が求められます。その際、文法はコミュニケーションを支えるものとしてとらえ、文法指導と言語活動を一体的に行う必要があります。また、コミュニケーションを内容的に充実したものとするために、指導すべき語数は、「コミュニケーション英語」Ⅰ~Ⅲをすべて履修した場合、現行学習指導要領の1,300語程度から1,800語程度に増やしています。 以上の2点が、大きな改善の基本方針になりますが、もう一つ付け加えておきたいのは、中学校で学習した事柄の定着を図っていただくということです。それは、中学校での学習が十分ではない生徒が、高等学校における学習に円滑に移行できるようにするためです。外国語科において「コミュニケーション英語基礎」という科目を創設しているのは、そのためです。 一新される7科目のポイント Q. 新学習指導要領の実施で科目構成が一新されますが、各科目ではどのような指導をすることが求められますか。 A. 高等学校の外国語科では、現行の6科目がすべてなくなり、まったく新しい7科目にしているのが大きな特徴です。 「コミュニケーション英語基礎」は、中学校と高等学校のブリッジ的な役割を果たすもので、日常的な事柄、身近な場面や題材などを扱って、4技能を総合的に育成します。中学校の学習の定着を図りますので、先生方には必ず、中学校の学習指導要領に戻っていただき、そこに示されている言語材料等を見て指導していただくことになります。ただ、あくまでも高等学校の科目ですから、それを踏まえた上で、高等学校の教育にうまくつながるようにしていただく必要があります。 「コミュニケーション英語」Ⅰ・Ⅱ・Ⅲも、4技能を総合的に育成する科目です。特に、「コミュニケーション英語Ⅰ」は必履修科目として位置付けていますので、この科目において、統合的な活動を通して4技能を総合的に育成し、コミュニケーション能力を養うことができるようにします。 「英語表現Ⅰ」と「英語表現Ⅱ」という科目も新設されています。今回の改訂の大きな特徴となっているのが、この「英語表現Ⅰ」と「英語表現Ⅱ」になります。これらの科目では、主に「話すこと」と「書くこと」の2つの技能を扱います。それから、「論理的思考力」と「批判的思考力」を養うことも狙っています。具体的な活動としては、例えば、スピーチ、プレゼンテーション、ディスカッション、ディベートなどを行うことになります。ですから、これらの科目では、まさに英語で発信する能力を育成します。そこで注意する必要があるのは、この新しい2科目は、文法事項を体系的に学ぶ科目では決してないということです。生徒の英語で話したり書いたりする活動が授業の中心となっていなければ、「英語表現」とは言えません。この点を、先生方には十分にご理解をいただく必要があります。 もう一つ、「英語会話」という科目があります。「英語会話」は、主に「話すこと」と「聞くこと」の技能を中心に扱う科目で、身近な話題についての会話だけでなく、海外での生活に必要な基本的な表現を使って会話することも含まれています。この科目では、音声を中心にコミュニケーションを図る活動が実際の教室で行われることになります。 Q. 文法に特化した科目はない、ということですね。 A. はい、ありません。これは、現行の学習指導要領でも同じことなのですが、文法だけを取り出して、コミュニケーションと切り離して教えるような科目は存在しません。文法事項については、今回、必履修科目である「コミュニケーション英語Ⅰ」ですべて扱うこととしています。その点で、新学習指導要領では、文法をより重視しているとも言えます。ただし、「すべて扱う」というのは、あくまでも言語活動と関連付けて扱うということです。例えば、「この能動態の文を受動態にしなさい」というような授業はありえない、ということです。これは、単に文法操作能力を試すものであり、そこにはコンテクストが存在していないし、場面も示されていません。そのような指導では、生徒が実際の場面で応用できるコミュニケーション能力を身に付けることは困難です。受動態であれば、受動態が使われる必然性のあるコンテクストの中でその文法事項に対する気付きを促して、そのあとに、形式にフォーカスをした指導でフォローする、ということはあると思います。しかし、「今日のポイントは受動態を作ることができるようになることです」という授業では困るということです。どの科目でも、文法はコミュニケーションを支えるものであるという認識をもっていただかなくてはなりません。 Q. 言語活動を通して文法を習得させたり語彙を増やしたりするということですね。 A. そういうことです。そのためには、多量の英文に触れるということがポイントになります。授業を英語で行う場合には特に、多量の英語に触れて、そこから徐々に習得をしていく、自分で使えるようになるまで慣れていく、というプロセスがあると思います。いい例が単語テストですね。単語集を使って、ある単語を英語と日本語を対比させることで覚えさせても、すぐに忘れてしまいます。また、その単語が実際の文脈の中で出てきた場合には、覚えていたと思っていた単語でも理解できないことが多い、ましてや、その単語を自分で使えるようにはならないというのが現実です。ですから、授業の中で、日本語を与えてそれに合う単語を書かせるといったテストをやっても、学習効率はかなり疑問です。サプルメンタリーの課題として出す、ということはあるかもしれませんが・・・。例えば、長文の中で、どうしてもこの長文を理解するキーとなる語を生徒各自で5つ選んで、英文とともに何度も読みましょう、声を出して言ってみましょう、というような指導のほうが、結果的には語彙は増えると思いますね。 Q. 今回、教科書も大きく変わりました。新しい7科目の教科書と学年配当との関係についてお教えください。 A. 決まっているのは順序性だけで、どの科目の教科書を何学年で使うという規定はありません。 「コミュニケーション英語」の場合、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの並びで、Ⅰ(必履修)が最初となり、その次がⅡ、その次がⅢ、という並びの規定があるだけです。また、「コミュニケーション英語基礎」を履修させる場合は、「コミュニケーション英語Ⅰ」の前に履修させることになります。例えば、一学年で「コミュニケーション英語Ⅰ」、二学年で「コミュニケーション英語Ⅱ」、三学年で「コミュニケーション英語Ⅲ」と履修しても構いませんし、一学年で「コミュニケーション英語基礎」、二学年で「コミュニケーション英語Ⅰ」を取り、三学年では「コミュニケーション英語Ⅱ」を履修して「コミュニケーション英語Ⅲ」はやりません、ということも可能です。さらに、「コミュニケーション英語基礎」は、中学校での学習事項の定着を図るという科目の性質上、例えば、一学年の前期で「コミュニケーション英語基礎」を行い、後期からは「コミュニケーション英語Ⅰ」を行うといった教育課程上の工夫をすることも重要です。平成25年度には、このような教育課程を組むところを含めて、多くの学校で「コミュニケーション英語基礎」を履修させるようです。これは、英語で行う授業に慣れさせるという点でも、生徒の学びのプロセスを十分に考慮していると思います。 「英語表現Ⅰ」と「英語表現Ⅱ」も、その順序性がⅠとⅡであるだけで、どの学年で履修してもかまいません。また、「英語会話」についても、いずれの学年で履修することも可能です。 新しい教育課程では特に、外国語科、そして各科目の目標を達成するために、教師が授業の中で教科書をどのように活用するかが大切なポイントになります。教科書の順番どおりに教えて、生徒たちが学習指導要領で求める力を身に付けることができれば問題ないのですが、それが難しいと判断した場合には、必要に応じて、教科書で扱う順番を入れ替える、活動の難易度を調整する、目標によって内容を取捨選択する、といった工夫が求められます。例えば、「英語表現Ⅰ」の教科書で、単元の前半に文法事項などの言語材料が並べられ、その理解を定着させるための問題が続き、最後に単元のテーマについて話し合う活動が示されていたと仮定しましょう。繰り返しになりますが、「英語表現Ⅰ」は文法事項を体系的に学ぶ科目ではありません。この科目の目標やこの科目で行う言語活動を考えれば、単元の最後にある「話し合う活動」ができるように指導することがポイントになります。ですから、次のような指導過程や教科書の扱いが考えられるでしょう。 ① まず始めに、単元の最後にある言語活動を生徒に示し、何について、どのような話し合いをすることができるようになることが目標であるかを示す。 ② 生徒とのインタラクションを通じて、話題に対する生徒のモチベーションを高めるとともに、スキーマの活性化を図ったり必要な表現を導入したりする。 ③ 教科書の前半に書かれている言語材料を、与えられた話題について話し合うために必要な文法事項や表現に絞って、必要に応じて指導する。 ④ 話題に対する理解を深め、更なる情報を得るために、生徒各自でリサーチをするとともに、得た情報を整理してまとめる。 ⑤ リサーチをして得た情報を参考にしながら、自分自身の意見や考えをメモ書きしてまとめる。 ⑥ ⑤で用意したメモを参考にしながら、グループで意見などを伝え合う。 ⑦ 各グループで出された意見などを集約し、グループごとに発表する。 よく言われているように、「教科書を教える」のではなく、「教科書で教える」ということです。この考え方が定着しないと、「はい、今日はレッスン2の最後までいきますよ」といった指示を出すことになりかねません。「レッスン2の最後までいく」ことは目標になり得ないので、「この能力を身に付けるための教材としてレッスン2を利用します」という考え方をすることです。 Q. 新しい科目の学習評価について、どのようなことに注意していけばよいのでしょうか。 A. 指導計画を立てる際に、学習到達目標と併せて学習評価の具体策をどうするかというところを同時に考えていくことが、指導と評価を一体化させた指導計画を作成するためのポイントになります。 例えば、「話すこと」について設定した学習到達目標のそれぞれについて、いつ、どのように評価するかということを考えておかないと、指導計画を作って授業をしていったが、評価まで気が回らず、結果的に「話すこと」の評価をする時間がなくなってしまった、などということになりがちです。 「コミュニケーション英語Ⅰ」の評価を例にとれば、定期考査などによる筆記テストが評価全体の8割を占めるというようなことは、通常考えられません。この科目では4つの技能をすべて扱うわけですから。「話すこと」の能力は話すことを通してしか評価できませんので、例えば、インタビューテストなどを行う必要があるでしょう。また、「書くこと」については(これは筆記テストでできるかもしれませんが)、実際に英文を書かせて評価することになります。また、定期考査だけに限定せず、日常的に各技能の評価を積み重ねていくことが大切です。総括をする際、4技能のすべてを評価しているわけではない定期考査の比重が大きくなりすぎないよう注意が必要です。 それに対して、「英語表現Ⅰ」と「英語表現Ⅱ」は、「話すこと」と「書くこと」の技能を中心に扱う科目ですから、評価は、当然、その2つの技能に対する評価となります。これらの科目に、観点別学習状況の評価における「外国語理解の能力」の観点が入ることはありません。また、「英語表現Ⅰ」で筆記テストによる定期考査を行うとした場合、そこに文法や語法の問題が並んでいるなどということはあってはいけないことです。特に「英語表現」Ⅰ・Ⅱでは、生徒に実際に話させたり書かせたりしないと評価ができないので、「話すこと」については、定期考査ではない場面、例えば、日常の授業を利用して評価したり、「書くこと」については、30分間の一斉ライティングといった評価を積み重ねていくことになります。「英語表現」Ⅰ・Ⅱでカバーしなければならない文法事項というものはありません。くどいようですが、これらの科目の指導と評価は、あくまでも「話すこと」と「書くこと」にフォーカスをすることになります。 Q. 学習評価でなにか参考になるレファレンスをご紹介ください。 A. 国立教育政策研究所が出している「評価規準の作成,評価方法等の工夫改善のための参考資料」を最初に読んでください。ここには、「話すこと」の評価として、インタビューテストの例も出ています。国立教育政策研究所のホームページでも公開されていますが、冊子も購入できますので、ぜひ活用してください。冊子の方が最終版です。 また、文部科学省では今年度、全国218校の高等学校及び中等教育学校後期課程の第3学年の生徒約5万1千人を対象に、英語力の検証調査を実施しました。この調査は、日本英語検定協会の「英語能力判定テスト」をベースとした試験と、ベネッセコーポレーションの「GTEC for STUDENTS」をベースとした試験によって行われ、初めて対話型によるスピーキングテストも導入しました。現在、調査結果を取りまとめていて、3月末までには結果分析と指導改善の方向について公表する予定です。この調査におけるスピーキングテストの実施方法や「話すこと」の評価の在り方、ライティング問題の出題方法などは大変参考になると思います。高校3年生が各技能についてどれくらいの力をもっているのかがわかりますので、是非、報告書をお読みください。また、生徒と学校に質問紙調査を行っていますので、その結果も併せて発表する予定です。 ※参考資料 評価規準の作成,評価方法等の工夫改善のための参考資料(高等学校 外国語) ~新しい学習指導要領を踏まえた生徒一人一人の学習の確実な定着に向けて~ (平成24年7月 国立教育政策研究所 教育課程研究センター) 生徒が教室で英語に触れる機会を拡充する Q. 「授業は英語で行うことを基本とする」ことの狙いについてお話ください。 A. 残念ながら教室から一歩外に出れば、英語を使う機会はほとんどないのが日本の現実です。ですから、生徒が英語に触れる機会を拡充することが大きな狙いの一つです。また、教室の中を実際のコミュニケーション活動の場にするという狙いもあります。そのために、教師は英語で授業を展開するということになります。同時に、もっと大切なのは、生徒が英語を使って言語活動を行うことです。したがって、教師だけが延々と英語を話しているような授業は想定していません。教師が一生懸命になって英語をうまくしゃべることに集中してしまい、肝心の生徒はポカーンとしているという状況も見受けられます。これではダメです。必ず生徒とのインタラクションを通して、生徒の理解度を確かめながら授業を進めていただきたいのです。そうすると、必然的に生徒の理解度に応じて、話す速度を変えたりとか、使用する語彙のレベルを少し下げてみたり、一度話したことをパラフレーズしたり、ということが出てきます。あくまでもコミュニケーションの手段として、生徒とインタラクションを図りながら授業を英語で行っていただく、ということです。 具体的には、簡単な指示やウォ-ムアップだけを英語でする、ということではなく、授業全体を英語に変えるということです。ですから、教科書の内容を理解させる場合、その手助けをする場合、グループ・ワークがうまくいくようにフォローする場合、これらもすべて英語で行うことを基本とする、ということになります。 Q. 生徒に日本語で理解させないと不安だというような声もよく聞きますが。 A. 日本語に落とすことが英語を理解することになるわけではありません。日本語にしてわかったと思っているのは日本語だけで、英語そのものはわかっていないし、身に付いていません。生徒にもそのことを説明しておく必要があります。また、教材中の英語が複雑すぎるために日本語で説明しないと理解させることができないと言う人もいるようですが、その場合、教材のレベルが生徒に合っているかどうか、英語で言語活動を展開するのにふさわしいものかどうかを再検討してください。教科書などの教材の選択は、教師が責任をもって慎重に行わなければなりません。内容理解で苦しむだけの教科書では、多くの生徒は英語を学ぼうという意欲が湧いてこないと思います。 Q. 英語による言語活動を充実させていくために、どのような工夫が必要でしょうか。 A. 質問する側も解答する側も、互いに共有している情報についてQ-Aなどのやりとりを続けても、言語活動は活発化しません。とにかく話そう、聞こう、という意識が生徒の中に起きていない状況がまだ多く見受けられます。これは、教科書の内容理解だけで言語活動をすることの限界です。教科書で扱った話題や問題について、自分たちの意見や考えなどを話し合ったり書いたりする活動を入れていく必要がありますね。このような活動では、基本的には教科書のどこにも書かれていないことを伝え合うので、聞き手や読み手も、聞いたり読んだりする意味がでてきて、本当の意味でのコミュニケーションが発生します。 また、特に話したり書いたりする活動では、それを可能にするためのサポートが大切です。例えば、ディベートの要素を取り入れたグループ・ワークであれば、与えられた論題について、生徒Aが肯定の立場から意見を発表、生徒BがAの発表内容を要約、生徒Cが否定の立場からAへ反論、そして、これらの各役割をローテーションさせていくというように、わかりやすいフォーマットを与えることも効果的です。また、扱う話題について話したり書いたりするために必要な表現を与えて、それを実際に使えるようにしているかどうかということも大切です。よく中学校でもあるのですが、あるテーマについてYes/Noを言わせた後、Why? という質問を先生方はしがちです。これ自体、決して悪いことではないのですが、生徒にとってこれほど答えるのが難しい質問はありません。理由を述べることができるようになるためには、教師が最初に様々な理由を例示したり、提示された理由についてクラス全体で意見や感想を出し合ったりするなどの活動を通して、どのようなことをどのような構成で言えばいいのか、その際、どういった表現を使うことができるのかといったことがわかるような手立てが必要になります。 ※参考資料 「文部科学省 言語活動の充実に関する指導事例集【高等学校版】」 Q. 生徒にどのようなサポートを与えるか、ということですね。 A. そうですね。教科書に出てきた問題について、“Do you think this is a good idea?” とか “What do you think you should do to solve the problem?” といきなり聞かれても、生徒は困ってしまいます。どのような言語活動をするにしても、教師がロール・モデルとなって、必ずサンプルを示してあげてください。例えば、私はこう考えるよ、というアイディアをプレゼンテーションソフトを利用して出してあげるとか、私はこう考えるけど、英語科の別の先生はこう考えていたよ、といったものをポーンとスライドで示してあげる。そうすると、どんどん、英語が教室に広がっていくんですね。 同時に、生徒が本当に意見を言いたいとか書きたいと思うことをテーマとして扱う、あるいは、そう思えるように生徒を話題に引き込んでいくようにすることが大切です。そのようなテーマについて、教科書だけに頼るのではなく、関連した英文をたくさん読んだり、生徒自身にリサーチさせたりするなどの活動を通して、英語を使いながら論理的思考力と批判的思考力を養うようなプロセスになっていないと、深みのある言語活動は期待できません。英語そのものは苦手でも、そのテーマについてはどうしても自分の考えを言いたい、という生徒が出てくるわけで、それを言わせないとダメですね。 それと、生徒が産出する英語に間違いがあるのは当然のことで、それを教師が拾い上げてフォローする必要があります。教師は生徒の発話を理解しようと努め、例えば、より適切な表現でパラフレーズしてあげることで、英語そのものについても生徒に気付きを与えることができます。 生徒には、誤りを恐れずにどんどん発信していく、そんなrisk-taking attitudeを備えてもらいたいんです。そのためには、書かせてから話させるという指導だけでは不十分です。一生懸命になって辞書を引いて、使ったこともない単語を入れて“原稿”を書き、それを丸暗記してきれいにスピーチしようとしても、効果的なコミュニケーション能力の育成には結び付かないのです。それよりも、準備はメモ書き程度におさえて話すといった、即興性の要素を含んだ活動を多く取り入れていくことが大切です。書いてから話すという流れだけでなく、話してから書くという経験を生徒に積ませてください。そして、うまく話せなかったことを振り返りながら、どのように言えばよかったのかを考えたり調べたりしながら書くようにすれば、より充実した言語活動となります。 大きく変わりつつある大学受験の英語 Q. コミュニケーションとしての英語を学んでも大学受験には役に立たない、という声が少なくありませんが・・・ A. まったく問題ないですね。例えば、一部の国公立大学の入試問題には英文和訳があり、日本語で部分的なアウトプットをさせています。ただし、全文和訳をさせている大学は一つもありません。部分和訳をさせているところでも、コンテクストを追っているかどうか、その流れに沿った中で該当部分の意味をとっているかどうかということを、多くの大学では問うています。それは、英語による授業でいろいろなタイプの英語にたくさん触れて、短時間で多量の英語を処理することに慣れていたほうが、結果的には優位です。実際、国立教育政策研究所教育課程研究センターの指定校になった学校では、それまでの主に日本語を使用した文法訳読の授業から、ほぼ全てを英語で行うコミュニケーション能力育成のために授業に転換していますが、大学入試で不利になったという学校は1つもありません。逆に、日本語で授業していた時よりもいい結果が出たというケースばかりです。英語によるコミュニケーション能力は、大学入試に必要な英語力を包含していると考えることができると思います。 ただ、同時に、大学入試については、大学自体も今のままでいいのかどうか、十分検討していただく必要があると思います。とにかく、日本語でアウトプットさせるというのは、基本的には英語によるコミュニケーション能力を測っていない可能性があるのではないかということを考えていただきたいのです。国公立大学の二次試験で英文和訳が出ることを気にされている先生方もいるようです。英文和訳が出るので、授業でも英文和訳をやるべきだ、と短絡的な結び付きになるんですね。このようなbackwash effectが出ていることを、入試問題を担当される方には知っておいて欲しいと思います。 しかし、英語の入試問題は改善されてきています。高校の先生方はまず、圧倒的に英語の量が多くなってきている入試問題を実際に解いてみて、日本語での授業をやっていて本当に効果的かどうかを体感する必要がありますね。また、問題も解答も英語だけで、日本語を一字も書かせない大学も出てきています。これが今の流れですが、一部の高校の先生方は、まだ昔のイメージをお持ちなのかもしれません。短時間で、多量の英語を処理する力をつけるためには、やはり、日本語を介在させる余地を少なくするしかないですね。 ※参考資料 「国立教育政策研究所教育課程研究センター 研究指定校・地域事業」 世界において薄まる日本人の存在感 Q. 小中高大の連携、その中での高等学校における英語教育の役割についてお話ください。 A. 小学校の外国語活動は、英語に興味・関心を持たせるという重要な役割を担っています。中学校の学習指導要領には明記されていませんが、小学校で外国語活動を経験して上がってきた子どもたちを、授業が英語で行われる高等学校に送り出すために、中学校でも授業はできるだけ英語で行うということですね。この関係がしっかりしていないといけません。そして、初等中等教育レベルの出口となる高等学校における外国語の目標はコミュニケーション能力を養うことであり、これ以外の目標はありません。文法事項を説明できる力でもなければ、英文和訳する力でもありません。そのようなコミュニケーション能力をもった学生を受け入れることになる大学では、専門を英語で学ぶことができるようにする必要があると思います。例えば、経営学を英語で学ぶということです。さらに企業では、必要に応じて、仕事を英語でもできるようにすることが求められていくでしょう。 こういった流れが小学校から社会人までできていないと、世界の中で私たち日本人の存在感が薄れてしまうのではないかと危惧しています。日本企業ですら、英語に苦手意識が強い日本人を使うよりも、他のアジアの国々の優秀な労働力を入れたほうがいいということにもなりかねません。日本人だけが置いていかれるわけにはいきません。入試をゴールとするのではなく、グローバルな社会で生きていく子どもたちの将来を見据え、より大きな視点で英語教育の改善を図っていくことが必要です。 (2013年5月掲載)
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- 平成24年度ELEC英語教育シンポジウム報告
- ~グローバル人材育成に果たす英語教育の役割とは~ 発表者のプレゼンテーションに熱心に耳を傾けるELEC主催の英語教育シンポジウムの参加者たち (平成24年11月10日、東京・池坊お茶の水学院大講堂にて) 政官界から経済界、教育界にいたるまで、グローバル人材育成への真剣な取り組みを求める声が充満している。日本社会全体が、いわゆるグローバル化の波に激しく洗われている証左なのだろう。そもそも「グローバル人材」とは何を指すのか、そして期待される人材の育成に、教育現場、特に英語教育関係者、はどう取り組めばよいのだろうか。 11月10日、東京・御茶ノ水で一般財団法人 英語教育協議会(略称ELEC)が文部科学省の後援を得て、「グローバル人材育成と学校教育現場での取組み」というテーマでシンポジウムを開催した。週末にもかかわらず英語教育関係者を中心に120名もの人たちが熱心に耳を傾けた。 冒頭、主催者を代表しELECの小池生夫理事長からシンポジウムの趣旨について発言があり、日本のグローバル人材育成への「国際競争での遅れ」、また「世界の潮流からはずれたガラパゴス的な英語教育」に対する危機感が表明された。日本はアジアでもっとも早く国家の体制を切り替え、近代化を実現した唯一の国であったにも関わらず、外国語教育政策に関しては世界史の潮流から外れてしまったのは皮肉だ、と小池氏。「急激なグローバル化の波をかぶって、日本の英語教育は今、その体質変化を求められている」とした。 また同氏は、グローバル化の進展のなかにあって、人間にとって最も必要なものは、「異文化、異人種との壁を越えて理解しあえる人類愛とその基盤となるコミュニケーション力」と指摘。それを可能にする道具としての「高度な英語コミュニケーション力」が、これからの日本人には不可欠と述べた。 まだ続く日本の「知の鎖国」 中嶋嶺雄理事長・学長 そもそも「グローバル化」とは何か。基調講演のなかで、国際教養大学の理事長・学長、中嶋嶺雄氏は「明日の世界を創造するというポジティブな概念がグローバリズム」と規定。世界のグローバル化がはじまったのは「東西冷戦の終焉とIT革命が地球を立体化し、時差というものが意味を持たなくなった」1990年代初頭とした。ところが日本の高等教育では、グローバリズムやグローバル化に逆行する事態が進行したと中嶋氏。具体的には、大学設置基準の大綱化による「教養教育の消滅」と「外国語教育のスポイル化」だったという。「日本は非常に閉鎖的であって知の鎖国という状況がまだ続いている」というのが同氏の見立てだ。 これまでの失敗を教訓とし、「国際教養」と「英語による授業」を特色とし中嶋氏が2004年に秋田で立ち上げたのが、いま話題の国際教養大学。創設から8年にしかならない地方の公立大学だが、グローバル人材育成のモデル大学として高い評価を得つつある。 国際教養大学の成功体験をもとに、中嶋氏が講演のなかで日本の英語教育改革のための具体策として触れたのが、1)幼児教育段階への外国語(英語)教育の導入。具体的には、小学校1、2年生段階階では特別活動、3年、4年生段階で国際理解教育、5年、6年生段階では英語の教科化 2)小学校、中学校へのALT活用の強化 3)小学校教員採用基準に英語を加える、そして4)英語教育における小中連携の強化などの施策だ。 阿久津一恵特任教授 シンポジウム第二部のパネル発表では、モデレーター役に阿久津一恵氏(神奈川大学経済学部特任教授)を迎え、官界、経済界、教育界の最前線でこの課題に取り組んでいる行政官、教育者、専門家がパネリストとして登場。 「グローバル人材」については、青山学院大学名誉教授の本名信行氏から、内閣府や経済産業省などでは、1)語学力、 2)コミュニケーション能力、 3)チャレンジ精神、 4)協調性、 5)責任感、 6)使命感、 7)異文化間理解、 8)日本人としてのアイデンティティの確立、などを兼ね備えた人材、と定義しているとの紹介があった。 グローバル人材は300万人必要 市村泰男常務理事 果たして、このようなスーパー人材が今の日本にどのくらいいるのだろうか。パネリストの日本貿易会、市村泰男・常務理事によると、60万人程度ではないかとのこと。労働人口6300万人の1パーセントだ。「我が国におけるグローバル人材への需要は約300万人で、日本の労働人口の約5パーセントになると市村氏。毎年30万人強の大学卒業生のほぼ全員が「グローバル人材」になったとしても、まだまだ足りないのが実情だ。産業界から大学への要望として、「海外志向の強い学生をどんどん作ってほしい」と市村氏。 グローバル人材育成戦略として大学がどのような対応をしているのか、本名氏からいくつかの具体的な取り組みが紹介された。 本名信行名誉教授 英語による授業という面では、英語コースを併設している立命館大学国際関係学部の国際関係学科、英語と専門科目を融合させている明治大学国際日本学部、また大阪工業大学、千葉大学、金沢工業大学では英語力とその先進科学を結びつける授業で、英語が使える研究者・技術者を育成している。さらに、専門英語の習得、実践的キャリア開発、海外研修、留学等によって国際感覚を養成するなど、新機軸を導入している大学として、中京大学の国際英語学部、文京学院大学が来春からスタートする全学部横断の新教育プログラムなどだ。 小中高の視点から見たグローバル人材育成の課題 桑原洋会長 平成23年度より、小学校において新学習指導要領が全面実施され、第5・第6学年で「外国語活動」が必修化され、来春からは高等学校で「英語の授業は英語で行うことを基本とする」ことになるなど、我が国の初等中等教育レベルでの英語教育が大きな変革のさなかにある。全英連会長で都立田園調布高校校長の桑原洋氏は、小中連携、教員研修、ALTの活用、教材の在り方、大学入試の弊害などで現場の英語教員が直面している問題点や課題を率直に披歴。「新学習指導要領の目標を達成するための現場への具体的な支援がまだ不足している」とし、「英語がコミュニケーションの道具であるということを生徒に理解できるようなシステムや制度がまだ不足している」と指摘。会場では共感する人が少なくないようだった。 田渕エルガ室長 最後に文部科学省初等中等教育局国際教育課 外国語教育推進室の田渕エルガ室長から、小中高等学校における英語を中心とした外国語教育の推進に関する進捗についての詳細な報告がなされ、「国境を越えた活動は活発化し当然のものとなっている時代にビジネスやプライベートの分野で外国の方とやり取りする場面は増えている。やり取りを可能とする基盤として語学力は非常に大事で、語学力を理由にそうした場面を避けるよりも、積極的に関わることで個人としても国としても物心両面で豊かになることができるはず」と強調した。 「外国語教育については、何かこれ一つをやると効くという特効薬はない。ひとつひとつ地道に丁寧に取り組んでいくことで英語をはじめとして外国語能力の伸びにつながるはず。その中でも教員の力量が重要であり、教員研修(の拡充・強化)、そして大学入試が与える影響の大きさから、入試の在り方(の見直し)などを中心に施策を推進していきたい」と田渕氏。 時間の都合でパネリスト間の論議が行われなかったのは残念だったが、英語教育を取り巻く状況と現場の課題について認識を共有するうえで意義あるシンポジウムだったといえよう。 (取材・文責:編集部) (2012年12月掲載)
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- 授業実践DVDを活用して授業改善を図ろう(3)
- ~授業イメージをつかんで、指導力向上にいかす 小学校の外国語活動 これからの課題解決に向けて~ 小学校版(2012年):文部科学省 教科調査官 直山木綿子氏 Q. 今回のDVD作成の目的は何ですか? A. 小学校の先生方による外国語活動の指導力向上です。外国語活動が本格実施となって約1年半が経過した現在の大きな課題は、教員の指導力向上と、そのための研修をどうするかです。そこで、授業の様子を映像で見てイメージをつかんでいただけるように、DVDを作成しました。 Q. 今回のDVDは平成22年度に続いて2度目ですが、前回と異なるポイントはどういったところですか? A. 前回は、「ALTとのティーム・ティーチングの在り方」や「教室英語の使い方」など、テーマごとの授業を5つ収録しました。それに対して今回は、1単元を通して授業のイメージをつかんでいただけるようにしています。1単元、あるいは1年間でどんな子どもに育てたいかというゴールをもって、1時間の指導、あるいは1つずつの活動を行っていただくことが大事だからです。1単元のなかで単元目標に向けて、どのように活動を仕組むかについてはテロップなどでも解説しています。また、今回は、授業者の方への指導のポイントのインタビューも収録しています。授業者の思いがあって、授業が展開されています。DVDをご覧になる方々に、直接それを感じてほしいと思っています。 Q. 収録されている授業の内容や、特に参考になるポイントを教えてください。 A. 今年4月にお配りした外国語活動教材“Hi,friends!”を各学級の子どもに合うようにアレンジして活用いただいています。 5年生の授業では、“Hi,friends! 1”のLesson 4(東京都大田区立志茂田小学校小林教諭)を取り上げました。子どもたちはこの単元で初めて英語の文表現に出合います。また、子どもたちがよく知っている外来語のもととなる英語が設定語彙とされていて子どもたちを外国語に親しませ、日本語と英語の音の違いから言語への気づきを引き出しやすい単元となっています。 外国語活動では、言葉でコミュニケーションを図る楽しさや難しさを体験させることが大切です。したがって、単元の最後に設定されるコミュニケーション活動は、子どもたちが話したい、あるいは聞きたい題材を扱い、やってみたいと思う活動にすることが必要です。収録されている授業では、“Hi,friends!”で設定されている活動にアレンジを加えて、自分の好きなものや好きなことを友だちに尋ね、相手にそれをもっと好きになってもらえるようアドバイスカードを渡す、“My Best Friend”という活動を行っています。 5年生は外国語活動の授業が初めてなので、不安感を抱く子どもが多くいると思われます。収録された授業にも、不安を顔に出している子どもがいます。それを先生は見ていて、ずっとその子どもに寄り添います。その子は5時間目に、自分の好きなものについて友だちにインタビューに行きます。“Do you like 〜?”と聞くと、“Yes, I do.”という答えが返ってくる。すると、「うれしい」という顔をその友だちではなくて、その後ろで見守っている担任に向かってするのです。ずっと心配してくれていた先生に、その子は応えようと思うわけです。その姿を見て、担任も一緒になって喜びます。そうした学級経営のあたたかさが見えます。 6年生の授業では、“Hi,friends! 2”のLesson 3(徳島県鳴門市林崎小学校 中妻教諭)を取り上げています。この単元の特色のひとつは、can(〜できる)という、自己肯定感を伴う表現を扱っていることです。高学年というと、だんだん自分の限界が見えてきて、自己肯定感がだんだん低くなってくる時期です。そこでこの単元では、自分たちにはこんなことができると自信をもつとともに、特別なことができなくても、あなたがそこにいることがとても素敵なんだと、お互いを認め合ってもらいたいと思っています。 また、小中連携を意識し、去年この学校を卒業した中学1年生がビデオで登場します。子どもたちは、自分たちが知っている先輩が英語でスピーチするのを見て、憧れを感じます。6年生のスピーチには日本語が少し入りますが、中学校に行ったらそれを全部英語で言えるようになる、というメッセージなのです。 6年生になると思春期で、5年生よりもさらに異性が気になりますが、自分の気持ちを素直に表現できません。そこであえて、男女のペアワークを多くし、ハイタッチや握手を取り入れています。そうすると、子どもたちは、男女の垣根なしに活動を行うようになります。 また、5年生と6年生の単元で扱っている、好きなものや、できること・できないことは、人によって様々です。そのため、子どもたちは、本単元の授業でやりとりをして、友だちの新しい一面を発見するでしょう。言葉というのは人のことを知るためにあって、決して人をやっつけるための道具ではない、ということを子どもに感じてもらいたいという思いでつくった単元であり、DVDでもこれらを取り上げたいと考えました。 Q. 授業の収録に当たって、留意されたことはどのようなことですか? A. 1つの単元を通して授業を撮影するので、撮影が2週間から1カ月の長期にわたり、ご指導いただく先生だけでなく、学校にもかなりの負担をおかけすることになります。そこで、学校長や学校の教職員の皆さん、教育委員会の十分なご了解とご支援をいただいて、授業収録をさせていただいています。 Q. このDVDは各教育委員会や各学校に配布されていますが、これをどう活用すればよいでしょうか? A. 目的によって活用の仕方が異なると思いますが、DVDに添付した資料も参考にしてください。そこでは活用の仕方を3つ例示しています。 1つ目は、先生方が外国語活動のイメージをもち、積極的に外国語活動の指導に当たる意欲を高めることをねらいとする場合です。指導案に目を通した上で、DVDを見ていただきたいと思います。そして、それぞれの活動のねらいや、学級担任が使用している英語の量や種類などについて、先生方同士で話し合っていただければと思います。指導案で授業の目的や目標をあらかじめおさえておくと、授業を見る視点が変わります。 2つ目は、先生方が単発の活動ではなく、1単元でどのような力を子どもに付けるのかを意識し、より積極的に外国語活動の指導に当たることをねらいとする場合です。指導案の単元目標と各時間の目標に注目して、単元計画や指導案に目を通した上で、DVDを見ていただきたいと思います。そして、DVDの各授業の最後に設定されている子どもたちの振り返りを見てください。 子どもたちは、1時間目の振り返りでは、「この活動が面白かった」などと、自分や活動のことを話しますが、コミュニケーションをねらいにした5時間目には、「友だちのこんなことがわかってうれしかった」というように、コミュニケーションについての感想を述べるようになります。 3つ目は、学級担任や外国語活動担当教員の役割について理解いただくことをねらいとする場合です。まず、6年生のDVDで、学級担任、ALT、中学校英語科教員の役割と、ティーム・ティーチングで進める授業と学級担任だけによる授業との共通点や相違点を見てもらいたいと思います。その後で、学級担任だけで授業する5年生のDVDを見ていただくと、デジタル教材や音声CDを活用し、簡単な教室英語を使っている様子がよくわかります。 また、それぞれの授業のあとで、1単元の授業を振り返る担当教諭へのインタビューを収録しています。研究授業などで指導助言を行う場合などで、どのような視点から授業を参観すればいいかを理解するヒントになると思います。 Q. 中学校や高校のDVDも活用できるでしょうか? A. それらもぜひ見ていただきたいと思います。中学校のDVDに収録されている5本の授業のうち、2本が小中連携を意識したものとなっています。中学校ではどのように指導するのかを知っておくことは、外国語活動の深い理解につながります。また、高校のDVDも、先生と生徒とが英語を使ってやり取りをしている場面が多く取り入れられています。高校の先生のように流暢な英語を話す必要はありませんが、どのような活動をするのか、ヒントを得ることができると思います。小学校の先生方にも大いに参考にしていただければと思います。 (2012年10月掲載)
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- 授業実践DVDを活用して授業改善を図ろう(2)
- ~中学校で増えた授業時数の活用のヒントに 授業の工夫改善と小中・中高連携など各授業の視聴ポイントとともに~ 中学校版:文部科学省 教科調査官 平木裕氏 今回の学習指導要領の改訂により、各学年とも授業時数が週3コマ相当から4コマ相当へと増加し、年間では105時間から140時間へと35時間増えました。増えた時間をどう授業改善に活用するかについては、中学校の指導内容はほとんど変更されていないので、何を改善すべきなのかという質問もよくいただきました。しかし、中学校の位置付けや役割は変わってきています。小学校で外国語活動が導入され、高等学校でも授業は英語で行うことを基本とするという規定が設けられたことで、外国語教育に大きな変革が起きつつあるからです。中学校に関しては、小学校や高等学校との接続などの視点から従来の指導の在り方の見直しを求められていることを踏まえ、具体的な授業の工夫改善の参考にしていただきたいと思っています。 今回のDVDのねらいは、まず単元全体の構成を考える上で参考にしてもらうことです。各単元の「層」を従来よりも厚くしましょう、と私はよく言っています。単発的に何か特別なことをするのではなく、単元の展開の仕方において充実を図っていく、そのためにこのDVDを映像資料として参考としていただきたいです。 Q. DVDに登場する学校をどのような観点で選んだのでしょうか? A. 現在、外国語教育に求められている、あるいは課題となっていることを踏まえて、次の4つのポイントを最初に設定し、実践がすすんでいる学校をピックアップしました。 ①小中連携を踏まえた、外国語活動との接続を意識した授業 (新潟県妙高市立妙高中学校第1学年と静岡県浜松市立南部中学校第2学年で収録し、学年の違いによる接続のさせ方のバリエーションを示しています) ②中高連携を踏まえた、高校生との交流授業 ③単元を通した「書くこと」の指導 ④ICTを活用した発信型の授業 Q. 今回のDVDは、平成22年度に続く2度目ですが、前回と異なるポイントはどういったところですか? A. 前回は、学習指導要領改訂の趣旨に照らし、基本的な授業の進め方として参考となるよう、次の点に重点を置きました。 ・ALTとのTTの在り方(TTにおけるALTとの役割分担) ・JTEとしての英語の使い方 ・「書くこと」における4技能の統合的な活用の工夫 ・「話すこと」における活用を通して定着を図る工夫 ・「読むこと」における学習形態を工夫した指導 それぞれの授業での言語活動に焦点を当て、その進め方において参考にしてもらいたい点を強調するとともに、実施上の留意点についても適宜コメントを入れています。 それに対して今回は、改訂の大きなポイントである「授業時数増」への具体的な対応の仕方という視点から授業改善を図る上で参考となる切り口を設けました。たとえば、どのようなコンセプトで単元全体を構想し、それに基づいて各時間の授業をどう位置付けるか、について具体例を示しています。また、各授業の見どころや特徴などを映像と音声で解説するとともに、それぞれの授業の学習指導案を添えることで、どういったところを参考にしてもらいたいかについて前回以上に充実した資料となりました。 Q. DVDに収録されている各学校の授業で、特に見てもらいたいポイントはどういったところですか? A. 新潟県妙高市立妙高中学校では、チャンツやリズム、簡単なゲームを用いた指導方法を取り入れています。小学校での外国語活動を中学校でどう生かせばいいのか、という質問をよく受けますが、これを見れば、校区内の小学校と連携することでいろいろな工夫ができることがわかると思います。 静岡県浜松市立南部中学校の授業は、自分の考えを英語で表現する活動をたくさん設けています。子どもたちが自分の知っている表現で、あるいは表現の持ち合わせがなければクラスメートと相談したり先生に教えてもらったりしながら、どう表現するかを考える機会をしっかり与えています。 青森県むつ市立田名部中学校では、近隣の田名部高等学校との連携により高校生が参加する授業を収録しています。子どもたちが担任の教師やALTとは別の、自分の目標となる身近なモデルを目の当たりにするとモチベーションを高めるきっかけになるということを感じてもらえればと思います。 埼玉大学教育学部附属中学校のICTを使った授業で注目してもらいたいのは、発表だけではなく、そこに至るまでの練習がいかに地道に、時間をかけて行なわれているか、ということです。子どもたちは、先生の指導によって徐々に自信をつけていき、それが発表となって表れています。 佐賀県鹿島市立東部中学校の授業では、書く力をつけるために、他の技能をいかに活用し、統合的な活動を行っているかを見てもらいたいと思います。また、ALTの助けを借りることにより、生徒にとって書く目的が明確で実際的なものになっているのもポイントです。 Q. 今回のDVDをどのように活用してもらいたいとお考えですか? A. 平成22年度版と今回のDVDはそれぞれコンセプトが異なるので、例えば研修会でDVDを使う際、どちらが適切かは研修のねらいによります。平成22年度版は細かい指導技術が関わってくる一方で、今回は単元全体をどう構想するかをポイントにしており、趣旨に合わせて活用してもらえればと思います。 Q. 今回は、指導案と活用のポイントが文部科学省のウェブサイトに掲載されていますが、これらとDVDを合わせて効果的に活用する方法を教えてください。 A. 学習指導案を掲載したのは、単元全体を通して授業者がねらっていることを意識しながら、収録された授業を見てもらいたかったからです。例えば、次のような見方が考えられます。 ・単元全体の目標や評価規準に照らし、本時の授業はどのような位置付けで計画され、実際に指導がなされているか ・「指導観」などで示されている指導上の工夫が、実際に授業の中でどのように現れているか こうした見方を通して、学習指導案の持つ意味や指導案を作成する上での基本的な考え方、単元全体の指導や評価をどう構想するかについて話し合ってもらいたいと思います。 Q. 今回は、校種間連携にも焦点を当てた授業が収録されていますが、自分の勤務する学校種以外のDVDを活用する方法についてアドバイスをお願いします。 A. 小中連携や中高連携が必要なのは分かっているが、簡単には自分の学校から出られない、という現場の声をあちこちで聞きます。もちろん、他校種の学校に足を運んで授業を見たり子どもの様子を把握したりすることが大切ですが、実際にはそれが難しい状況にある学校もあると思います。そういった場合には、DVDを使って他校種の様子を見てもらいたいと思っています。中高の先生が一同に会することばかりが中高連携ではなく、中学校の先生だけでも、高校との連携を図る研修ができます。各学校や地域の実態に合った方法を工夫しながら、小学校や高等学校との連携を進めていく必要があると考えています。 (2012年10月掲載)
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- 授業実践DVDを活用して授業改善を図ろう(1)
- ~英語で行う授業のイメージをつかんでほしい 平成25年度から年次進行で実施される高等学校学習指導要領への円滑な移行に向けて~ 高等学校版:文部科学省 教科調査官 向後秀明氏 Q. 今回のDVD作成の目的は何ですか? A. 最大の目的は、各高等学校等が、来年4月からスタートする高等学校学習指導要領「外国語」へ円滑に移行できるようにすることです。新しい学習指導要領では、第3款の4に「授業は英語で行うことを基本とする」と規定されており、この大きな変革をするにあたって、先生方の迷いや悩みを少しでも軽減し、英語で授業を行うことのイメージをつかんでいただくために作成しました。 Q. 今回のDVDは、平成22年度に出された映像資料1・2に続いて2度目となりますが、前回と比較して、特に意識されたポイントは何ですか? A. 「授業は英語で行うことを基本とする」という規定が意味することは、2つあります。1つ目は、「教師が授業を英語で行う」こと。そこで、前回のDVDでは、教師が使う英語に重点を置きました。それに対して今回は、その2つ目の意味、「生徒も授業の中でできるだけ英語を使う」ということが実際にどのようなことであるのかを映像でお見せしたいと考えました。ですから,今回のDVDでは,生徒のペア・ワークやグループ・ワークの場面が多くなっています。教師が授業で話す英語を中心に紹介した平成22年度版と併せて参考にしていただければと思います。 Q. 今回収録されている5校を選んだ基準は何ですか? A. まず、第1学年から第3学年まで全学年の授業を撮影できるように計画しました。次に、撮影する学科が固定されないように、そのバランスを考えました。普通科だけに偏らず、特色のあるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の理数科や、専門学科である生活文化科の授業も取り入れました。最後に、先生が先行して新学習指導要領の趣旨を生かした授業を行っていることを条件としました。これらの3つが、撮影する学校の大きな選定基準になりました。 Q. DVD全体で、特に見てもらいたいことは何ですか? A. 第1学年の授業を入れた理由の一つは、「英語の知識を十分に詰め込まないと生徒は英語を話せるようにはならない」という固定概念を崩したかったからです。そんなことを言ったら、多くの日本人はいつまでたっても英語を話せないことになってしまいます。生徒たちが、第1学年の最初から、英語を実際にコミュニケーションの中で使いながら習得していく様子を見ていただきたいと思います。 第2、第3学年の授業は、大学受験などを口実に日本語による指導に戻してしまっては英語力がつかない、という目で見ていただきたいと思います。また、生徒が身に付けるべきコミュニケーション能力とは何か、ということを感じていただきたいのです。ちなみに、撮影は2月を中心に行いましたので、第3学年は卒業直前の授業ということになります。 授業を英語で行う際は、先生と生徒との信頼関係(rapport)、そして、先生と生徒,生徒同士が互いに信頼し合い敬意を払うこと(mutual trust and respect)が非常に大切な要素になります。目の前にいる生徒をしっかり見て、信頼関係を作った上で、生徒たちが安心して英語を学習できる環境を提供する必要があります。英語はコミュニケーション能力を育成する科目なので、まずは先生と生徒たちとの間でコミュニケーションがとれていることが重要です。その点を、収録されている各授業で見ていただきたいと思います。 Q. 5校の授業それぞれのポイントは何でしょうか? A. 教科書の内容を英語で理解するとはどういうことかについては、茨城県立竹園高等学校の植木先生の授業を見ていただくといいでしょう。教科書の内容を口頭で要約したり、生徒自身の考えを含めたロール・プレイで表現したりする活動を通して、日本語を介さずに理解させています。 山形県立楯岡高等学校の柴田先生の授業では,単元の導入として,プレゼンテーションを行っています。教科書に書かれている内容をテーマとして取り上げ,生徒が自分たちの考えを出し合い,ペアで発表したり,他生徒の発表に対して感想や意見を述べたりする活動を見ることができます。 「生徒の言語活動が中心となった授業」とはどういうことかについては、群馬県立中央中等教育学校の津久井先生の授業を見ていただくといいでしょう。教師がコントロールし過ぎず、生徒のペア・ワークやグループ・ワークが中心となって授業が進められています。50分の授業時間のうち、教師は10分程度しか話さないという授業もあるのです。ここに至るまでにはその前段階があり、文部科学省のホームページにアップされている学習指導案を見ていただくと、どういう指導過程を通して生徒の言語活動が中心になっていくのかがおわかりになると思います。 これからの英語教育の在り方の一つとして、理数教育を専門に行っている学科での英語教育とはどういうものかについては、千葉県立長生高等学校の三上先生の授業があります。この学校は、スーパーサイエンスハイスクールに指定されていて、外国へ行ったりテレビ会議システムを利用したりして、科学研究の成果を英語でプレゼンテーションできるようになることを目標にしています。また、最初に授業の全体像を生徒に見せることや、各言語活動に関する生徒への指示が端的で的確であることも、三上先生の授業の特色です。 岐阜県立東濃実業高等学校の亀谷先生の授業をひと言で表すならば、生徒との確固たる信頼関係に基づくコミュニケーション教育を英語で行っている、ということです。教科書の内容を理解するのはあくまでも最初のステップで、教科書から得た情報や考えなどに対してどのようなアウトプットを生徒に求めるかということについて、ひとつのモデルになっています。しかも、この学科では、英語の授業は3年間でわずか8単位であり、その限られた時間の中でどのようにしてここまでもってきているのかということにも注目していただきたいと思います。 Q. DVDを学校や自治体でどう活用すればよいでしょうか? A. 個々の先生方が視聴して参考になった点や、それを自分の授業でどのように応用していくかにについて、外国語科全体で話し合っていただきたいと思っています。 茨城県では、前回配付したDVDについて、教育委員会がすべての学校に報告を求め、その結果を「DVD視聴報告書-新学習指導要領『外国語』に対応した授業作りに向けて-」としてまとめています。ここでは、各高等学校の先生方がDVDの授業から学んだことと、それを活かして授業で実践した結果をそれぞれ1ページに記入してあり、言語活動の事例集としても使うことができます。この報告書は県内の全県立高等学校及び中等教育学校に配付し、先生方同士で情報が共有できるようになっています。また、石川県や京都市などでは、このDVDを参考に、それぞれの自治体版を作っていただきました。各自治体では、このような活用の仕方もあります。 Q. 今回は、学習指導案が文部科学省HPに掲載されていますが、これらとDVDを併せてより効果的に活用する方法を教えてください。 A. 授業映像だけでなく、学習指導案も是非併せて見てもらいたいと思います。また、学習指導案を見てからDVDを見るという方法も考えられます。 まず、第三者にとってわかりやすい学習指導案とはどういうものなのか、学習指導案の形式や構成そのものを見てください。その中で、指導内容・方法だけではなく、目標や観点別学習状況の評価に基づく評価規準の立て方も参考にしていただきたいと思います。 次に、収録されている授業の位置付けがわからないままでは視聴するポイントがつかめないので、当該単元においてどういう流れの中での授業なのかを見てもらいたいと思います。DVDの前に学習指導案を見いただくと、より効果が高まります。 最後に、1コマの授業をどう構成しているか、ということです。高校生は1つの活動を10分くらい続けると飽きてしまう場合がありますが、今回収録した授業の学習指導案を見ると、基本的には約10分を限度として活動が切り替わっていることがわかります。 Q. 自分の勤務する学校種以外のDVDを活用する方法についてアドバイスをお願いします。 A. 全ての高等学校が集まるような研修会で、特に直前の中学校の様子を見ていただきたいと思います。中・高連携を効果的に進めていくためには実際に授業を見ていただくのが一番いいのですが、それが難しければ、DVDを活用していただくことができます。また、小学校外国語活動の授業には、高等学校の先生方が授業改善をしていく上で、多くのヒントが含まれています。小・中学校の先生方が児童・生徒に対してどのような英語を話しているか、使用語彙や話すスピード、間の取り方、さらには児童・生徒との接し方など、高等学校の先生方に学んでいただけることがたくさんあります。 今回の学習指導要領改訂では,小・中・高の外国語教育を「コミュニケーション能力」という言葉でつなげています。3校種の連携を推進させるために,ふだんはなかなか見る機会のない小学校や中学校における英語教育がどのように行われているのかを知る機会としてご活用ください。 (2012年10月掲載)
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- 中学校新学習指導要領の全面実施
- ~授業時数増を活用した授業の改善~ 文部科学省 教科調査官 平木裕氏 平成24年4月1日から中学校新学習指導要領が全面実施されました。今回は、中学校外国語科改訂の趣旨等について文部科学省の解説資料を紹介するとともに、新学習指導要領を踏まえた指導のあり方について、文部科学省国際教育課外国語教育推進室平木裕教科調査官に伺いました。 文部科学省による解説 1.外国語科改訂の趣旨 今回の外国語科の改訂に当たっては、次の4つの基本方針に基づいて改善が図られました。 < 4つの基本方針> ○ 「聞くこと」「読むこと」の受信から「話すこと」「書くこと」の発信へとつながる4技能の総合的な育成 ○ 4技能を総合的に育成するための活動に資する教材の題材や内容の改善 ○ 4技能を統合的に活用できるコミュニケーション能力の育成、文法指導の言語活動との一体化、 語数の充実 ○ 小学校外国語活動を踏まえた指導内容の改善、 高等学校やその後の生涯にわたる外国語学習の基礎の育成 このような方針の下に、中学校においては、身近な事柄について一層幅広いコミュニケーションを図ることができるようにするため、授業時数の増加(各学年とも年間105時間から140時間に増加)を実施するとともに、指導する語数を従来の「900語程度まで」から「1200語程度」へと増加しています。この1200語については、「運用度の高いものを用い、活用することを通して定着を図るようにすること」が重要です。一方、指導すべき語数を除き、文法事項等の指導内容はほとんど増加させていません。これは、増加する授業時数においては、言語活動の充実を通じて、言語材料の定着を図るとともにコミュニケーション能力の基礎を育成することを意図したものです。 また、上記の基本方針に基づき、次の3つの柱を外国語科の目標として設定しています。 <外国語科の目標> ・ 外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深める。 ・ 外国語を通じて、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図る。 ・ 聞くこと、話すこと、読むこと、書くことなどのコミュニケーション能力の基礎を養う。 2.小学校における外国語活動を踏まえた指導 中学校学習指導要領においては、「小学校における外国語活動との関連に留意して指導計画を適切に作成するものとする」としています。これは、今回の改訂で小学校に外国語活動が導入されたことにより、新たに示したものです。 中学校の指導計画の作成に当たっては、小学校における外国語活動を通じて培われた一定の素地を踏まえながら、中学校における外国語教育へ円滑に接続できるよう配慮する必要があります。 そのため、中学校では、地域の小学校における外国語活動の指導において、どの程度の素地が養われているかを十分把握するとともに、扱われている単語や表現などについてもきめ細かく把握した上で特に中学校第1学年の指導計画の作成の参考にすることが大切です。 また、小学校においても、中学校外国語科において「コミュニケーション能力の基礎を養う」ためにどのような指導が行われているかについて十分研究し、小学校外国語活動の指導計画を作成することが必要になります。具体的には、例えば、発音と綴りの関係について、小学校の外国語活動では、音声を中心に慣れ親しみ、それを受けて中学校では文字を通した学習が始まることから、小学校でplay/pleIやthank/θæŋk/などの音声に触れた後、中学校では文字でどのように表すかを学ぶ際に、その両者を関連付けて指導することなどが考えられます。 3.全面実施にあたり~中学校の外国語教育が果たすべき役割~ 中学校には、先に述べた基本方針の4点目にもあるとおり、小学校の外国語活動における成果をしっかり引き継ぐとともに、高等学校やその後の生涯にわたる外国語学習の基礎を身に付けさせてから生徒を送り出さねばなりません。そうした観点から、中学校には、以下のような果たすべき大きな役割があります。 <中学校の果たすべき役割> ・ 近隣の小学校での外国語活動の授業内容や児童の状況の把握、指導者(主として学級担任)への支援 ・ 小学校から中学校へのソフトランディングを可能にする「接続」のための綿密な指導計画の作成 ・ 小学校の児童が抱くであろう中学校への期待感にこたえ、外国語活動の有用性を感じられるような授業の工夫 ・ 近隣の高等学校での授業内容や生徒の状況の把握、英語による言語活動を中心とした授業の工夫に関する 情報交換 平木教科調査官へのインタビュー 中学校教員は具体的に何をどのように取り組んでいけば良いのか、平木教科調査官に伺いました。 ◆ 中学校英語について Q. 前段で「中学校新学習指導要領」に関する解説がありましたが、これを踏まえ、中学校外国語科の現状(新学習指導要領下での取組状況)について教えてください。 A. 3年間の移行期間を経ていよいよの実施ですが、中学校は、外国語教育の本格的なスタートの時期であり、高等学校へつなぐ中核としての役割をになうことになります。しかし、このような「役割」に対する意識がまだ十分に浸透しているとは言えないのが現状であり、例えば次の点において課題があるのではないでしょうか。 ・ 週3コマ相当から週4コマ相当へ授業時数増となったことについては、1週間の時間割上での「+1時間」という認識があり、昨年度までの3時間分をベースとしつつ、この1時間を何かプラスαのこと、例えば、「コミュニケーションの時間」や「活用の時間」などに充てている学校があるようです。このあと詳しくお話しますが、年間で140時間となったというトータルな視点から授業時数の運用を考え、各単元の指導計画において、旧課程では不十分だった言語活動を中心に充実させるなど、単元の「層」を厚くし、生徒のコミュニケーション能力を高める工夫をしてほしいと考えています。 ・ 小学校における外国語活動での学びを生かした指導の工夫については、まだ十分になされているとは言えません。小中連携そのものは年を追って実施率が高まってきています。しかし、何のために連携をするのか、なぜ連携をする必要があるのか、といった意識は必ずしも高まっていないのではないでしょうか。外国語教育は中学校から本格的にスタートするとは言え、それは小学校で培われた「コミュニケーション能力の素地」の上に成り立つものであり、生徒の目線からも、また指導の面からも、小中のスムーズな接続を図る必要があります。 ◆ 「中学校新学習指導要領」について Q. 前の質問でも少し触れていただきましたが、増加した35時間の授業時間で、実際にどのような指導が期待されているのでしょうか。 A. 35時間増えたという発想よりもむしろ、年間140時間(週4コマ相当)で3年間となった授業時数をどうするか、というスタンスで臨んでほしいと思っています。その上で、授業の中身に厚みを持たせ、各単元の指導内容を充実させるということです。今までは授業時数の関係から、単元の中でやむをえずカットしていた活動などを入れ、生徒にじっくり考えさせたり、練習させたりしてください。その際、既習事項をスパイラルに何度も繰り返して活用できるような指導を工夫するなどして、各単元に割り振った時間を十分生かしてほしいと思います。 具体的な実践事例は、まだここで挙げることはまだできませんが、計画段階で次のような考え方を全県に示している教育委員会があります。 ・ 年間140時間を各単元に割り振る ・ 各単元では、おおむね2~3時間程度内容の充実を図る余地が出る ・ 従来行っていた指導について、十分でなかった部分の層を厚くしたり、全くできていなかった内容を取り入れたり、といった工夫を することで、単元を通して身に付けさせる力の向上を図る 例えば、埼玉県での取り組みなども参考になるのではないでしょうか。 ※参考資料 『埼玉県中学校教育課程編成要領』(平成21年度3月)(埼玉県教育委員会) 『埼玉県中学校教育課程編成要領』p.123,p125(抜粋) p.123、p.125において「吹き出し」部分に具体的な活動が示されています。例えば、p.123であれば、「授業時数2時間が増えた場合の活動例」のところ、p.125であれば、「このことにより、4技能を関連付けた活動や既習事項を発展させた活動を行うことができるようになった」、「増えた2時間で辞書などを使い、自分の考えをまとめ、発表することが可能になった」あたりが分かりやすいでしょう。 Q. 4技能の統合的・総合的な指導とはどのようなものでしょうか。 A. すべての技能をまんべんなく毎時間行わなければいけないのではないか、と思われる先生がいらっしゃるようですが、「4技能の総合的な育成」というのは、1単元の中で行おうとするのではなく、1年間を通して考えたときに「すべての技能がバランスよく」身に付いていることが必要、ということです。ですから、単元ごとの目標としては、「書くこと」を徹底的に行うとか、「読むこと」を重点的に扱うということもありえます。大切なのは、年間の到達目標をしっかり立てて、そこからそれぞれの単元でどのような力を身に付けさせるのかを考えることです。 例えば、文法であっても語彙であっても、単なる「知識」として終わらせるのではなく、「それをどうコミュニケーションの中で活用するか」を考えてください。「聞く・話す」だけでなく、「読む・書く」も、「筆者の意図を読み取り、自分の考えを発信する」「考えたり、調べたりして内容を組み立て、相手に理解してもらえるように書く」といった観点から言語活動をさせてください。スポーツをイメージするとわかりやすいと思います。1つのスキルだけで試合に臨むことはありません。「コミュニケーション」も同じです。いろいろなスキルを駆使して相手に伝えるために、習ったことを繰り返し使うことで、トータルに力が付いてきます。 Q. 総合的な育成が図られた4技能のひとつ、「書くこと」については、国立教育政策研究所では「特定の課題に関する調査」として調査していますが、調査結果から見て、評価される点、あるいは課題を教えてください。 A. まず、評価される点ですが、平成15年に出題したものと同じ問題を扱った結果、まとまった内容の文章を書く問題での無解答が減りました。また、書く文の数(全体の分量)が増加しています。一方課題としては、文と文のつながりを工夫するといった文章の展開の仕方が十分ではない、言い換えれば、まとまった論理的な文章を書く力が弱い、ということが分かりました。また、文法に関する知識を文脈の中でどのように活用したらよいか、という点も弱いですね。例えば、同じ英文を書くにしても、与えられた英文を「疑問文にしなさい」などの指示に従って書き換える場合に比べると、対話のながれに沿って与えられた動詞を用いて英文を書く場合では通過率がかなり落ちます。つまり、文法レベルのルールは理解しているけれども、コミュニケーションの場面でそのルールを自ら選択して活用するという点が身に付いていないわけです。 そういった課題を受け、今後どういう指導をしたらよいか、という点については、「絵から物語を作ろう」「海外からのメールに返信しよう」といった「授業実践アイディア例」がいくつか示されていますので、参考にしてください。 ※参考資料 「特定の課題に関する調査」の調査結果 (国立教育政策研究所) 「特定の課題に関する調査」の調査結果 実践アイディア例(抜粋) (2012年7月掲載)